脊髄くも膜下麻酔(腰椎麻酔)の危険性及び合併症


 麻酔をかけずに手術することはできません.
「我慢すればいいのじゃあ?」というのは間違いで,麻酔なしで手術を受けることはできません.
 以下に示されている麻酔による合併症に比べて遥かに危険なことなのです.

 このページでは麻酔の危険性についてお示ししています.
起こりうるほとんどすべての合併症を書いていますので,「こんなに危険なものか」と思われるかもしれませんが,どれも10万人に一人,二人に起こるもので,決して多くはありません.
「お薬手帳」に書いてある「合併症」に比べればはるかに頻度は稀なものですので,「麻酔が危険だから手術を受けない」と考えるのは間違いであるということを最初に書いておきますす.


(社)日本麻酔学会による麻酔偶発症例調査の1999年〜2003年までの5年間の5,223,174例の結果によると、手術中に起きた偶発症*による死亡率は10万例あたり67,8例で、そのうち麻酔が原因で死亡する率は10万例に1例程度です。
 手術前の全身状態が悪い患者様、緊急手術では偶発症の発生率や手術中、術後の死亡率は増加します。

下の表は麻酔法別に見た麻酔管理中の代表的な危険な偶発症の発生率(1万例あたりの発生人数)
心停止 高度低血圧 高度低酸素血症
全身麻酔法のみ 0.41  1.20  2.66 
全身麻酔法+局所麻酔法 0.70  1.88  1.42 
局所麻酔法のみ 0.60  2.12  0.30 

これで見ると,局所麻酔と言えども全身麻酔より絶対安全とは言えないのです.

硬膜外麻酔・脊髄くも膜下麻酔の合併症・偶発症
頭痛

 脊髄くも膜下麻酔では硬膜に針を入れますが、脳脊髄液がこの穴から漏れ、脳圧が低下し、激しい頭痛が起こることがあります。
 発生頻度は約0.5%(170〜200人に1人)程度で、特別な治療をしなくても1週間程度で治まります。
 術後はなるべく安静にして、急に頭を動かさないことや、許可が出たら水分を十分にとることです。

馬尾症候群・一過性神経症状(神経根刺激)

脊髄くも膜下麻酔は腰椎上部より尾側(馬尾の部分に局所麻酔薬をいれるので、通常、太い脊髄は損害を受けません。 しかし、1万人から5万人に1人程度の頻度で、腰髄下部以下の神経支配領域の知覚異常、運動障害、膀胱直腸障害など(馬尾症候群)を生じることがあります。脊髄くも膜下麻酔の効果が切れてから臀部、下肢に激痛が生じる一過性神経症状もまれに報告されています。


硬膜外出血、硬膜外膿瘍/脊髄くも膜下血腫、脊髄くも膜下膿瘍

 血液を固める機能や血小板に異常がある場合、血腫(血のかたまり)ができて、神経を圧迫することがあります。10万人から15万人に1人の頻度で起こります。 膿瘍は、カテーテルを介して細菌が硬膜外腔に侵入し、発生する膿(うみ)のかたまりです。血腫と同様に、神経を圧迫して感覚や運動を麻痺させることがあります。

排尿困難

 麻酔の効果が切れてしばらくの間、尿意を感じても尿が出ず、尿道に管を入れて尿を排泄させなければならないことがあります。
 通常は1〜2回の処置で自然に治ります。

吐き気、嘔吐、かゆみ、足のしびれ

 痛み止めの薬がこのような症状を起こす可能性があります。

硬膜外カテーテル切断

まれにカテーテルが切れて体内に残ることがあります。局所麻酔をして取り出します。

麻酔が効かない、麻酔が切れてき

手術に必要な範囲まで麻酔が効いていないために痛みが強くて我慢できない、あるいは手術が予定より長引いて麻酔効果が消えることがあります。この場合は全身麻酔に変更になることもあります。


元の病気の悪化や高齢者の方の合併症
脳内出血、くも膜下出血

脳内出血、くも膜下出血、高血圧の病歴がある方では、危険性が高くなります。

脳梗塞

 1300人〜270人に1人(0.08〜0.38%)の発生率が報告されています。
 不整脈や脳梗塞の病歴のある方では危険性が高くなります。

心筋梗塞

 1.8〜3.0%程度の発生率が報告されています。
 心筋梗塞を起こした場合,死に至る頻度は21%、一度心筋梗塞を起こしている人で再梗塞を起こす頻度は7.7%、特に心筋梗塞を起こして3ヶ月以内の手術の場合の発生頻度は17%〜35%前後と報告されています。

肺塞栓症

血栓(血のかたまり)などが肺の血管に詰まると呼吸困難、胸痛、ときに心肺停止を引き起こすことがあります。これが肺塞栓症で、発生頻度としては0.008%〜0.04%程度ですが、一旦発症すると死亡率が10〜30%を超える危険な病気です。「エコノミークラス症候群」と同じものです。
 肺塞栓症が起こる主な原因は、下肢血流の停滞(血の流れがゆっくりになること)によって、足の太い静脈にできる血栓(深部静脈血栓)によります。長期間寝たきりの状態、および一時的に動けない状態(手術時)では、膝から足首までの筋肉のポンプ作用が弱っているか、機能が完全に停止していることがあるために血液が固まりやすくなり、この病気が発生しやすくなります。
 手術後の深部静脈血栓の発生頻度としては10.8〜31.3%と報告されています。深部静脈血栓が肺塞栓症の原因であった割合は報告により異なりますが、10〜70%といわれています。
 このため、手術中の肺塞栓症を防止する様々な予防法が考案され、実際に使用されています。

―肺塞栓症が発生しやすい方―
1.比較的高齢の方
2.肥満の方
3.妊娠している方、出産経験のある方
4.女性でピル(経口避妊薬)を内服している方
5.先天的に、または薬物などで血液が固まりやすくなっている方
6.心疾患、悪性腫瘍、脳卒中、下肢の浮腫・うっ血・潰瘍などの病歴のある方
7.喫煙者
8.長期間寝たきりの方

―肺塞栓症が発生しやすい状況―
1.特殊な手術:腹腔鏡下手術、下腹部手術(骨盤内操作)、多発骨折
2.特殊な手術中の体位:採石位、腹臥位
3.長時間の手術

―肺塞栓症の予防処置―
1.弾性ストッキングの着用
2.器械による下腿のマッサージ



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